コナンドリルオフィシャルブック

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─ 学生時代から将来はマンガ家に、と決めていたんですか?

青山:大学時代から漫研に入っていましたけど、大学へは美術の先生になろうかなと漠然と考えて進学しました。小学生の頃、卒業文集に『将来はマンガ家になる』と書いたらしいんですが、それも自分では覚えていないんです。

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僕も一応、教育実習へ行ったんですよ。まだ地元の高校の美術教師になる選択肢もありましたから。

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─ 学生時代はどんな生活でした?

青山:大学時代は、麻雀ですね、麻雀をよくやっていましたよ(笑)。住んでいたのは最初、西武池袋線沿いの江古田で、そのあと千川。

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─ お金がなかったといっても、先生の学生の頃はもうそんな時代でもないでしょう?

青山:いや、けっこう貧乏だったなあ。カレーには肉を入れられなかったし。5日ぐらいそんな貧しいカレーで食いつなぐんですよ。毎日毎日力レー。でも米は田舎から送ってもらったので、食う物が何もないってことはなかったけど。

江古田は日大芸術学部のすぐ近くみたいですね。実家はそこそこお金持ちと推測できそうなんですけど、でも厳しい教育だったようなので、そんなに仕送りはなかったのかも?

カレーばかり食べていたらしいですけど、好物がカレーだったり。(SDB10、コナン新聞 第一号など)

─ 実はこうしてお会いするまでは、青山先生が気むずかしい方でも仕方がないなと思っていました。

青山:もっとストレスの固まりみたいな人間を想像していました?もちろんストレスはあるけど、もともと神経質な方ではないんですよ。だからハードスケジュールでも耐えられるというところもあるかな。僕も推理小説とか読んでて、この作者は神経質だなあと思うことがありますね。人のアラ捜すのがうまいヤツだなとか。僕の場合はまったくそういうタイプではなのです。編集者を困らせることもあまりない。

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青山:編集者とケンカすることもないですね。ケンカするとしてもマンガとは関係ないところで、すごいくだらないこと。編集者が阪神ファンで、僕は巨人ファンなんですが、巨人の優勝がかかっている試合で阪神が巨人に連勝したとき、たまたま映画のポスターのイラストを描く約束をしていたんですよ。でも気分悪いから『俺、描かねえぞー!』って(笑)。編集者も心得たもので、その日はもう連絡してきませんでした(笑)。これ、ケンカっていうのかなあ。

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─ 少年サンデーではない雑誌に初めて投稿なさって佳作になったんですよね。そのままそちらでやるという気持ちはなかったんですか?

青山:佳作に選んでくれたマンガ雑誌の、編集者が『僕はキミの絵は好きなんだけど、今のうちの雑誌では絵柄を変えろと言われるだろうから、よそへ行った方がいいよ』とアドバイスしてくれて。

ただ、先輩のマンガ家から『編集部に何度も足を運んで編集者に名前を覚えてもらわなきゃいけないよ』と言われていたので、できるだけ編集部に通いました。

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新人の頃は時間もたくさんあったから、好きなゲームもできましたし。ドラクエをやりながらマンガを描いてた頃の話で、編集者と待ち合わせの約束があったんです。で、江古田の駅前の喫茶店にいるからって電話かかってきたときに、僕は寝ぼけて「あ、あのー、ゴールドがないから行けないよー」って(笑)。そのままガチャンって切って、その30分後にまたかかってきたときに、そういえばさっき俺、なんか変なこと言ってたなーとぼんやり(笑)。そのときの編集者もいい人だったんです。だからいろんな面で楽しかった。今はもうゲームをやる時間もありませんしね。

神経質じゃないほうがハードスケジュールには耐えられるようです。

コナンはあまりアラ捜し得意でない?のだろうか… キッドが「怪盗は鮮やかな手口で獲物を華麗に盗み出す芸術家だが、探偵はその跡を見て難癖を付ける批評家に過ぎない・・・」と言っております。

巨人が負けたから映画のポスター描かないのはケンカじゃなくて一方的なわがままです(笑)

ゴールドがないって…ちょっとそのギャグひどい。作者が大学時代って、たぶんぎりぎりファミコンでドラクエ1が発売された時期かも。

─ マンガ家としてやっていける、食べていくことができると実感したのは『まじっく快斗』でですか?

青山:そうですね。当時の編集長が『まじっく快斗』をあまり評価してくれなくて、「これが単行本になって10万部売れたらおごってやる」って言われていたんです。だけどあっというまに越えちゃって、そのとき単行本が売れるって儲かるんだなと思いました。

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コナンは『YAIBA』が終わってから、編集者と次はどうしようという打ち合わせの中で決まりました。当時、『少年マガジン』で金田一君(『金田一少年の事件簿』)が始まっていたんですが、探偵モノは好きだし、面白そうだから自分もやってみたいなと思いました。最初は『探偵物語』みたいな、ちょっとハードボイルドっぽいコメディというのを考えていたんですよ。でもコナンはわりと少年マンガの王道なんですよね。小さくなって、悪い奴らに脅されてという。

プロットは2週間ぐらいでできあがったんだけど、そんなに神経質に考えたわけでもないんです。コナンが小1に一戻っちゃうというのも、新一は17才だから、ちょうど10才戻ればわかりやすいだろうと思ったんです。小1にしたことにどんな意味があるんですか、と聞かれることがあるけど、意味はただそれだけ(笑)あと、小1だと完全に子どもだから、その年齢の子が何をやっても笑って許してもらえるだろう、みたいなことはちょっとありましたけれど。

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─ プロットと一緒に、キャラクターの絵も決めていくのですか?

青山:ほとんど同時に。絵については1分もかかってないかな。

─ コナンのメガネというアイデアもそのときに?

青山:スーパーマンが好きなので。彼はクラーク・ケントのときにはメガネをかけていたでしょう。それが頭にありました。新一のときはメガネしていないけど、コナンになるとメガネ。メガネで思い出しましたけど、掟破りのマンガを作りたいなと考えていたんですよね。少年誌の主人公でメガネって、アラレちゃんぐらいでしょう。のび太は厳密に言えば主人公じゃないし。あとはネーム(文字)の多さですね。ネームの多いマンガは少年誌ではウケない、というのが定説だったんです。それからもう一個何かあったんだけど、何だっけな。コナンっていう名前についてだったかな。『未来少年コナン』と同じだからということで、編集長はいい顔をしませんでした。ドイル君にしろと言われたような(笑)。でも担当編集者とは掟破りをやろうと盛り上がっていましたよ。

これは超重要発言。APTX4869の幼児化に小学生1年生(7歳)というのは特に意味がないそうです。「七つの子」などの伏線が出てきたので七歳になる薬では?とも考えられるのですが、わかりやすいからそうしただけ。

ケントクラークのメガネネタは、後に「少年サンデー33号特別付録」「月刊名探偵コナン新聞【第一号】」などでも説明あり。

作中では24巻(黒の組織との再会)で、「知ってるか?そいつをかけてると正体が絶対バレねーんだ!クラーク・ケントもびっくりの優れ物なんだぜ?」と使われている。

─ それと、さっきおっしゃった少年マンガの王道の部分と。ラブコメの要素もあるけど、幼なじみでっていうのはわりと王道ですよね。

青山:そうですね。幼なじみはまあ、僕の趣味といわれればそうだけど(笑)、ラクなんですよ設定が。幼なじみで昔から知っているというのはストーリーが展開しやすいんです。ラブコメではやっぱりあだち充さんの『タッチ』とか好きでしたから。テレビドラマだと『男女七人夏物語』。今の若い読者の子はこのドラマを知らない人も多いでしょうけど、ラブコメの最高傑作だと僕は思っているんですよ。ああいう雰囲気を出したかった。

ただ、ラブはあるんだけれども、新一と服部に関していうと女好きではないんですね、どっちも。普通の高校生の男の子とはちょっと違う。探偵ってやっぱりホームズにしても横溝正史の金田一にしても、かなり変わったところがあるんですよ。そこが探偵という人種の魅力でもあるんです

新一や服部が女好きだったら嫌かも。でも、新一はたまにナンパ師的な描写も。本人は意識していないのかもしれないけれど。決して女性に興味がないわけではなく、キッドほど極端ではないけれど、むしろ女好きのような描写も。あえて年頃の男子高校生らしさを出しているかもしれないけれど、この辺は設定がぶれている時がある。

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