組織編の推理の仕方

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その他のポイント

推理は答えの過程も重要

推理は論理を組み立てていくこと、伏線を繋げていくことだということは説明した通りだが、「あの人が怪しいからあの人が犯人」というのは当然推理ではない。

最初に自分が見当をつけた人物が結果的に犯人であった場合、途中の推理をすっ飛ばしても「簡単過ぎる」「つまらない」と考える人は意外と多い。

逆に、大きなミスリードを用意してさらっと読んだ読者は騙されてしまうような時は、例え伏線はシンプルでそれほど難しくない時でも”神”評価されやすい。

最初に犯人の見当はついてしまうが、伏線は非常に巧妙に仕掛けられていることだってある。あまりに仕込んだために、一般読者にあまり気づいてもらえないような残念なことも。読者が「どんでん返し」しか評価しないのは、作者にとっては悩ましいところかもしれない。

推理は正解だけを当てることではなくて、その理由を説明することにある。極端な話し、漫画はよく読んでないけど、最初に出た登場人物みて「怪しい」と思った人物が結果的に犯人だったとしてもあまり意味はない。なぜその人が犯人なのかという理由のほうが重要なのである。

服部平次や世良真純は時々推理ミスをすることがある。例えば、小五郎が適当に「お前が犯人だ」と言った人物がたまたま当たり、世良真純は途中までは良かったが、最後に詰めが甘く犯人を間違えた場合小五郎の推理力が上なのかというとそうではない。

推理は当てずっぽうで正解を出すことに意味はなく、途中式をしっかり書いて初めて正解となる。”推理力”という意味では最終的に正解を間違えても、途中までしっかりと推理できていれば、途中点(部分点)が与えられるといったところか。

木を見て森を見ずにならないように

伏線はよくパズルのピースにも例えられる。そして、そのピースを集め繋げ、パズルを完成させることが推理。間違った組み合わせをすると、例え一方が繋がっても、他の面が繋がらなくなってしまう。そして、最終的にはどこにも合わない宙に浮いたピースが余ってしまう。

新しい事実が出てきた時に、その事実だけにとらわれて今まで出て来た事実を忘れてしまう人が実はかなり多い。または、その事実だけを使用して推理を説明することも。

推理は論理を積み重ねていくことであり、伏線を繋げていくことである。新しい事実と言うのはピースの一面でしかないわけだから、今まで繋げたピースを外して他のピースと繋げる際には、必ず他の面が合うかどうかを考えなければならない。

─ 伏線のいくつかを無理矢理当てはめるだけではダメ

例えば、沖矢昴=工藤優作と考える場合

・コナンと同じくらい頭が切れる=優作はコナン以上の頭の切れ
・コナンが信頼、工藤邸に住まわせる=父なら信頼しているはず。自分の家に住むことに何の問題も無い。
・蘭が心当たり=蘭は優作に会ったことがある
・ホームズファン=推理好きの優作がホームズが好きなのは当然
・ヘビースモーカー=優作は喫煙者
・バーボンを飲んでいる=優作は松田優作のオマージュで、バーボンのCMに出ていた

と、当て嵌まる根拠をいくつか探すだけ、さらに、無理矢理当てはめてしまえばいくらでも候補を作り出すことが可能なのである。

蘭は優作に会ったことがあるが、蘭は沖矢に「新一のことを話してはいけない嫌な感じがする」と言っている。新一の父親に新一の名前を出してはいけない予感というのは違和感がある。

極端な場合、「沖矢は左利きだが優作は右利き。優作は自分の正体がバレないようにわざと左利きに見せかけている。」と言った、勝手な解釈を加えてしまう場合もある。沖矢が右利きだったら、それを見た周囲の人が沖矢の正体が優作ではないかと疑うなんてことは論理的にもおかしいはずである。右利きであることと優作は関係ない。

論理的な推理は言葉遊びではない。推理の目的は都合の良い伏線のみピックアップして、あたかもそれが正しいかのように説明して相手を惑わすことではなくて、真実を暴くことである。

表現を変えたり勝手な想定をして否定根拠をなくせばその人が犯人になるというわけではない。犯人は最初から決まっている。何が何でも伏線を繋げようとすれば、手段と目的が入れ替わってしまう。

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