【氷の微笑】解説

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概要

シャロン・ストーンを一気にスターダムにのしあげたと言われるのが1992年に上映された「Basic Instinct」。邦題は「氷の微笑」で、これがまた絶妙なセンスの和訳。

シャロン・ヴィンヤードの名前の元ネタとされているのがシャロン・ストーン。そのシャロン・ストーンの代表作であり、シャロン・ストーンのための映画と言われるほど有名なこの作品からも当然のように有名シーンのオマージュがあったりするので、まだ観たことがなく、興味が沸いたら一度ご鑑賞を。(以下、ネタバレを含みます。)

ただし、かなりハードな演出があるので閲覧注意(笑)調べればわかるけれど、大人向けのサスペンス映画。氷の微笑は公開当時「史上最高額で落札された脚本」として注目を集め、脚本の出来は最高額の価値があるかはともかく、なかなかの名作。しかし、なぜかレビューは賛否両論。というか、「シャロン・ストーンを見るだけの映画」「ストーリーなどあってないようなもの」などの手厳しい批評が多い。

確かに、脚本の落札価格だけでなく、「シャロンの大胆演技」が話題となり注目を集めたのだけれど、過激なシーンもきちんとストーリー上重要な意味を成しており、作品全体を陳腐にしないバランスも調整されている。決してファンサや話題性ありきではない。

まぁ、続編にあたる「2」が「最低作品・最低主演女優・最低脚本・最低前編続編」などの不名誉な賞を総なめにしているのだけれど…。

「1」と違い、かなりご都合主義的な展開が多い。前作に続く期待に応えるべく、しかし脚本で前作を上回れないのでより演出を重視してキャッチーな映画にしましたと言わんばかりの内容で、脚本がいまいちで演出だけ重視したらどうなるか、それは典型的なB級映画ですよねと。とは言え、暇つぶしに観る分にはそこそこ楽しめるくらいには面白かったとは思う。

「1」について話を戻すと、90年代初頭の作品であるため2000年代以降のミステリーやサスペンスと比べるともはや古典的な映画なのかもしれない。個人サイトのレビューでは、発想が古いと言うよりは、演出が古く昔の映画という感じで、内容の評価は悪くないようだが。

ただ、レビュー投稿サイトなどで多くの感想を見ていると、この映画を高評価している人とそうでない人で一定の傾向があるように思えること。

実は、なぜか「犯人が分からない・曖昧」と言う声が多く、公開当時だけでなく現在に至るまで、個人、投稿サイト限らず同様の意見も多い。低評価を下すほとんどの人がこれに該当するか、犯人はベス・ガーナー、あるいはそうでなければ納得ができない。または犯人は複数いると考えているようでもある。

しかし、話の筋を追っていればこのような結論に至るないはずで、要は、脚本が何が言いたいのかが伝わってないことが低評価の要因で、それなら演出だけが話題の駄作に思えてしまうかもしれない。もちろん、理解している人が少ないわけではなく、そこまで難解な話ではない。映画評論のサイトでもきちんとまとめているところは多々ある。

一方で、やはり様々な犯人考察があることも事実で、それだけ物議を醸した映画であることは確かのようでもある。ということで、映画の内容にも少しだけ触れてみるのも面白そうだったので、あらすじを追いながら簡単に解説。

ポイント

前提

まず、押さえておくことはジャンルが観客に謎解きをさせるミステリーというよりは、サイコ・サスペンスに近いこと。Wikiには◯ロティック+サスペンスと定義されている。少なくとも本格ミステリーとは違い、犯行の細部まで綿密に設計されているわけではない。

例えば、作中でいくつかの殺人事件は犯人が何の痕跡も残さずに達成していることになっているけれど、どうやって証拠を消したのか、その方法などは明らかにされていない。

だが、それらのちょっとした事件のトリックを見破って欲しいわけではないので、「どうやったか」は大して重要ではなく話の本筋ではない。完全犯罪をした何者かがいて、何かを企んでいるという事実だけがわかればそれでいい。また、必ずしも実現性が高いわけではなく、ある程度偶然に左右される計画であっても、成功さえすればそれが犯人の狙いだったということになる。

つまり、理詰めと消去法だけで犯人を割り出すのではなくて、脚本が誰を犯人にして、何をさせたかったのか、その趣旨を理解することが重要で、この基本さえ押さえておけば誰が犯人なのかで迷うことはないはず。犯人の計画に穴があることを突っ込んでも仕方がない。

この作品の魅力は殺人のトリックではなくて、もっと大枠の部分。キャサリンの考えた恐ろしく壮大な計画と、ニックを誘惑し殺害に至るまでの駆け引きを中心にした人間模様であって、そういう意味でもやはりサスペンスに近い。

それから、やはりジャンルからして、あくまでサイコ・サスペンス。大団円、ハッピーエンドで終える必要はないということ。むしろ、犯人の天才ぶりと狂気を全面に押し出し、最期はまだ終わってませんよ、と観客をぞっとさせるところが醍醐味。

犯人は誰?

短刀直入に言えば、冒頭の殺人の犯人はシャロン・ストーンの演じるキャサリン・トラメルで間違いない。熱心なファンの鑑定によると、女性の体がシャロン・ストーンのものだからと言ってしまえば身も蓋もないが(笑)

後のインタビューでは、シャロン・ストーンが最初の女性を自分で演じたこと、物語の犯人であることを明かしている。また、監督のポール・バーホーベンも犯人を曖昧にする意図は全く無く、当時何度もインタビューで必ず聞かれるので、「お前ら、人に聞く前にきちんと見ろよ」とキレ気味だったとのこと。

では、なぜ犯人が曖昧だとされるのか。その理由はいくつか考えられるが、一つはラストまでキャサリンが犯人ですよとは具体的に説明されないため。説明はされないがキャサリンが犯人であるとわかる描写はしっかりある。

物語の中でジーン・トリプルホーン演じるベス・ガーナーが疑われ、彼女が死んだにもかかわらず、ラストシーンでベッドの下にアイスピックが隠されているのは真犯人はまだいますよ、というか、今ベッドにいるキャサリンですよという意味以外なく、あれでキャサリンが犯人であることをはっきりと語っている。

「ベッドの下にアイスピックがあることはキャサリンが犯人であることの何の証拠にもならないよね」、と突っ込れるかもしれないが、それこそ物語の趣旨を無視して重箱の隅をつついているだけ。キャサリンが犯人でなかったら、わざわざラストにアイスピックを出してくるその意味がない。

素直に受け止めずに無理に難しく考えようとして分からなくなっているとも言われているが、これで納得できないのは単純な理解力の問題のようにも思えるが。

様々な考察を見ていると、キャサリンはマイケル・ダグラス演じるニック・カランを驚かすためにアイスピックを隠していたなどの解釈もあったので、なるほどそういう見方もあるのかと思ったが、それでは木を見て森を見ず。全体の趣旨とずれてしまう。局所だけ見れば想像でいくつかの可能性を考えることもできるかもしれないが、話が繋がらなければ意味がない。

またラストシーンでキャサリンがニックを殺害するシーンを入れなかったこともすっきりしない要因ともされているが、それを入れたら台無し。あえて表現しない美しさというものがある。ニックを驚かすための仕掛けであったのなら、ニックが驚いたところで切るのがベストで、気付かずに終えるのは中途半端な表現となる。

もう一つ、誤解を生んだ要因とされるのが、映画の宣伝の煽り。「真犯人が誰か」「どんでん返し」などを期待させるようなキャッチコピーがあったため、混乱してしまった人もいるようである。

まず、映画を見る前からキャサリンが犯人ではないかという先入観があり、実際に見始めるといきなりシャロンと思われる金髪の女性がアイスピックで殺害をする衝撃のシーン。犯人は最初からわかった上で、ニックが証拠を集め真相を解いていくのかな?という入り。

これなら、どんでん返しがあるならば、犯人はキャサリンではなく別にいるのではと思ってしまうかもしれない。しかし、警察が捜査を始めた直後にはまた別の金髪の女性、レイラニ・サレル演じるロキシーが登場。観客目線では、もしかしたら最初の女性はシャロンとは別人なの?という可能性も出てくる。そして、物語が進むと後半には急展開、ベスに様々な証拠が浮上し、物語終盤には彼女が犯人だったという結論に落ち着く。

それならば、確かに「真犯人」であり「どんでん返し」となる。しかし、脚本がやりたいことは、あからさまに犯人っぽかったキャサリンの濡れ衣が晴れて真犯人が捕まるまでの過程を描くミステリーではなくて、キャサリンが用意周到な殺人計画を企て、完全犯罪を成功させることにある。

つまり、「ベス・ガーナが犯人だと思ったら、真犯人はキャサリンでしたと」という意味ではきちんとどんでん返しとなっている。結果的にはキャサリンことシャロン・ストーンが犯人だったので、そのままじゃんとなるが、映画を見た後なら”そのまま”ではない。まぁ、映画の宣伝は製作者が付けたものではなく、本来脚本が伝えたかった意図とずれることも少なくないので、気にしないほうが良いこともあるが。

登場人物が多くやや複雑なため、大抵初見では何が起きているのかいまいち消化できず、キャサリンが犯人だと思ったら何のひねりもなく、普通にキャサリンが犯人だったと思えるかもしれない。しかし、二回見ればベス・ガーナーに犯人だと思わせる数々の伏線があり、作中の登場人物もベスを疑い犯人だと決定づけていることが理解できるはず。

そして、三回も観れば、その「ベスを犯人に仕立てる」ことがキャサリンの狙いであることがわかる。その練り込まれた計画は感心して思わず唸ってしまうほど。そして、実際ニック含む多くの警察関係者が騙されてしまっただけでなく、映画を観ている多くの観客も騙している。これこそが脚本のやりたいことであり魅力。

ベス・ガーナーが犯人ではないかと思っている人は、ニックと同じようにキャサリンに騙されているのであり、ベス・ガーナーが犯人でないとおかしいと考えている人は、物語の趣旨であるキャサリンの目的を理解していないことになる。

キャサリンが犯人ではないか⇒(ベスが犯人でした)⇒と、疑いの目を自分からベスへと向けさせるストーリー。途中経過を()で括るとわかりやすい。心理学と文学を専攻していたキャサリンが、綿密なストーリーを練り上げ、人を操る。見破りにくい非常に高度で複雑なアリバイを作っただけではなくて、その計画はいつから?もっと前、いやもっと前… いやいやキャサリンヤバすぎる、と。

ちなみに、最期にニックはどうなったのか。これも話題になったようであるが、キャサリンはニックを殺害するところから逆算して計画を立てていたのだから、当然目的を遂行したと考えられる。キャサリンが思いとどまった可能性は?というのもない。

なぜなら、キャサリンの性格が冷徹な精神病質。厳密に定義できるかはともかく、一般的にイメージされているサイコキラーそのものであるから。良心が欠如し、冷淡で他人に共感しない。平然と嘘をつき、罪悪感が皆無で自己中心的。口は達者で表面は魅力的とWikiにあるサイコパスの定義に全て当てはまっているのであるが、罪悪感のない彼女に突然愛情が芽生え改心するということはなく、そのきっかけもない。

これも、話を通してキャサリンの性格、物語の趣旨を理解していれば当然の結果。具体的に触れなくとも答えは出ており、脚本家は幾通りの正解など用意していないことは明白。また、インタビューでシャロン・ストーンはあの後でニックはキャサリンに殺されることになるとも語っているとのこと。続編にあたる2でもそのことは既成事実となっている。

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更新日:2017-12-29
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