置く場所のない考察退避

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フサエのファーストフードが三人分あった件

まぁ、これは結局ギャグオチなのだろうけれど順を追って説明。

元太:「誰も乗ってねーぞ・・・」

光彦:「食事にでも行っているんじゃないでしょうか・・・」

コナン:「いや・・・それはねぇよ・・・」「ファーストフードのコーヒーの湯気がまだ立ってる・・・」「ついさっき、食べ終えたって感じだぜ・・・」「それにしても結構な量だな・・・」「三人分はあるんじゃねーか?」

灰原:「まあ、彼女がブクブクに太っていても幻滅しない・・・」 File:412

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色々あって博士の初恋の人に会うためにイチョウの木まで来たコナンたち。そこには一台の車が止まっていたが、誰も乗っていない。

光彦は「食事にでも行っているんじゃないでしょうか」と考えるも、コナンはそれを否定。車の中には三人分はあると思われる結構な量のファーストフードのゴミが散らかっていた。

ビリー:「もういいのかい?ミス・フサエ・・・」「40年間待ちこがれた男性に、やっと再会できたのに・・・」

・・・

フサエ:「たぶん彼はもう忘れちゃってると思うけど・・・」「悪いわねビリー・・・母の再婚相手の友人であるあなたに、10年ごとにこんな事に付き合ってもらって・・・」

ビリー:「いやいや・・・」「断ったら妻に怒られるよ・・・フサエブランドの大ファンなんだから・・・」

フサエ:「でも、このお願いも今日でおしまい・・・」「出していただける?」

博士:「今でもイチョウは大好きですよー!!!」

フサエ:「ま、また10年後もお願いしようかしら・・・」

ビリー:「いや・・・」「たぶん、次に会うのは・・・」「そんなに時間はかからないんじゃないかな・・・・・・」 File:412

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結局、その車の持ち主は連れの運転で来ていた博士の初恋相手であるフサエ・キャンベル・木之下であったのだが、連れはビリーたった一人。

「三人分」とコナンは考えたのに、人数が足りないことが読者に疑われ、「もう一人謎の人物がいたのではないか?」と噂が広まったり(笑)

また、ビリーの設定が「母の再婚相手の友人」という回りくどいところも怪しまれる要因であったかもしれない。

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では、ちょっとした違和感があるから彼女達は「何かある」(組織関係者)なのかというと、灰原がフサエを見ても何も感じていないので、センサーが作動していないことから「シロ」である。

ビリーについても、フサエのいるイチョウの木の陰から出て来たところや、灰原たちの近くの車に乗るところを灰原に目撃されているので同様。

この話が描かれたのは40巻であるけれど、41巻の「4台のポルシェ」でセンサーはきちんと発動しているし、前後にセンサーに影響が出る(不発だったのが復活)ような出来事はないので信用できる。

そして、読者があまりにしつこく色々噂していたのもあってか、「月刊名探偵コナン新聞【第二号 SIDE BLACK】」では作者直々にフサエ=ボス説を否定している。まぁ、これはボスではないということであるが、組織員でないことも灰原センサーで証明されている。

三人目がいたのか

そして本題。フサエとビリーは特に疑う必要はないことがわかったが、もう一人誰かいたのかというところ。仮にいたとした場合、彼(彼女)は帰りの車に乗っていないので置いて行かれている(笑)

探偵団とコナン、灰原と博士がイチョウの木の下にやって来ることを見越して待ち伏せする意図があったのなら、わざわざそんなことをしないでも、最初から博士やコナンたちの知識があるのだから目的の人物のところへ直接行ったほうが手っ取り早い。それに、ここまでその「三人目」によってピンチになるような事態には陥っていない。

つまり、特に心配する必要はないということ。三人目を想定しても組織の人間ではない。では、そんな人物を後出しで「実はあの時~」なんてやっても意味はないと思われる。この話が描かれた直後、少なくともベルモット編の間でならそうした可能性もありえたかもしれないけれど、もうとっくに旬を過ぎている。

ワンピなんかではこれくらいの伏線でやっても後付けのように感じさせずに、新キャラ登場時に「あの時のが伏線だったのかー」と上手く繋げられるかもしれないけれど、この漫画で今更実はあの時フサエと一緒にいた三人目の人物なるものを出して違和感を感じない人がいるだろうか。

まぁ、ビリーとフサエを見て「面白そうだから私も連れてって」と、とある人物が付いて来ていたが、急用を思い出して先に徒歩で帰ってしまったので、博士たちが着いた時には二人しかいなかったとしても矛盾はしない。というか、こうした設定自体がもう無理矢理な後付でしかないのだけれど…

なので、出そうと思えば出せるかもしれない。ただ、作者としては、当時三人いた伏線としたかったのか、それ以外の目的で三人分としたかのどちらかしかない。

しかし、前述したように「最初は三人いた」「これからそれを明らかにする」とするには違和感が大きいので、普通に考えれば別の意図があったと考えられる。

なぜ三人分なのか

では、何のために「三人分」の食事としたのか。これは単純に「三人分はある」と思わせて、「車の持ち主は博士の初恋の人ではない」と読者やコナンたちに思わせる意図だと考えられる。一瞬やっぱり違うのか、と落胆させておいひっくり返すため。

普通は40年も前の初恋の人に会いに来るような人なら、一人でやって来ているのではないかという先入観を持たれやすい。

「三人分」ではなくて「二人分」でいいような気もするけれど、もしかしたら連れと来ているかもしれない。しかし、50代の女性が真剣に初恋の人に会いに来るのに三人で来ることは考えにくいことから、あれを見たら高確率で諦める。

また、灰原の「ブクブクに太っていても幻滅しない」という突っ込みを入れてギャグを言わせることもできる。これも、本当にブクブクの女性が出てきたら完全にギャグになってしまうのだけれど、実は超美人が出て来るというオチでひっくり返している。

もう一つの意味は、現実的に三人分が適当なためでもある。モデルのようにほっそりとした美人と長身の外国人男性が食べる量は普通同じではない。

三人分と二人分はどちらが適当なのかと言うと、よくよく考えてみればこの組み合わせでは前者。

そのため、もう一人分は誰が食べたの?という疑問については、ビリーが二人分食べたのではと考えられる。

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更新日:2016-9-13
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